突然ですが、神父とホルン奏者、どちらが天国に行けると思いますか?
そりゃあ神父だと思うでしょう?答えはホルン奏者です。なぜなら、神父は説教中、多くの信者を眠りに誘います。しかしホルン奏者は、ソロ演奏中、聴衆の全てが祈ります。「神よ、どうか失敗しませんように!」 これはホルン・ジョークとして有名なものですが、そういうネタになるほど、世界的にホルンはミスをしやすく、難しい楽器と言われています。あのギネスブックにも、「世界一難しい楽器」として登録されていたほどです。
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ですが、作曲家達はこの危険な楽器から奏でられる、深く美しい音色をこよなく愛し、沢山の素晴らしいオーケストラ作品の要所要所にホルンが使われています。シューマンはホルンを「オーケストラの魂」と表現し、ブラームスはクララの誕生日に宛てた手紙で、交響曲第一番四楽章のホルンソロのフレーズに歌詞をつけています。曰く、「高い山から、深い谷から、何千回も君を祝おう」。また、モーツァルトはホルンのために6つの協奏曲を書いています。大親友のホルン奏者ロイトゲープのために書いたもので、第二番の自筆譜には「ろば、牡牛、馬鹿のロイトゲープを憐れんで」との書き込みもあります。
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Hornとは、その名の示す通り「牛の角」をくり抜いて楽器としたのが始まりです。少しニッコリするような口の形をして、楽器に当てて息を吹き込めば唇が振動して音が出ますが、その音をメガホンのように増幅したのがベルから出てくるあの音色です。 ホルンには、左手の指を使って押すキー(ロータリーヴァルブ)が四つしかありません。その四つで、5オクターブにも渡る音域を演奏するのです。一つの指使いで出る音は約二十弱。なぜそんなことができるのかと言うと、唇の微妙な開け閉めの調節と、息の圧力を少しづつ変えて音を変化させているのです。熟達してくると、楽器を持たずに唇のブーブーという振動音だけで曲が吹けてしまいます。しかし、乾燥した日、天気の悪い日、はたまた前日にお酒を飲みすぎた日(!)など日々の体調や天気のわずかな違いで、変化する唇の粘膜を毎日コントロールするのはどんなに経験を積んだベテラン奏者でも手を焼きますし、リコーダーのように、この指ではこの音が出る!とならない所が悩ましい楽器となる所以ですね。
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世の中にある全ての楽器の中で唯一、ホルンだけがお客さんに直接音を聞かせない構造になっています。ベルが後ろを向いている理由は諸説ありますが、元々狩猟時の音による合図のために使われていたことを考えると、やはり乗っている馬を驚かせないため、というのが一番近いのではないでしょうか。また、ぐるぐる管が巻いてある美しい形状は、馬に乗っていた時代、肩にかけて移動するのに便利でした。

よく「右手はベルの中で何をしているの?」と聞かれますが、休みの小節を指折り数えたり、隣の可愛い女の子に「今日夜飲みに行かない?」とお客さんに気づかれないようにサインを送ってる……訳ではもちろん無く、音色や音程などを操作するという重要な仕事をしています。 そもそも右手をベルに突っ込んだ始まりの話しをしましょう。ホルンがただ金属の管をぐるぐる巻いただけだった時代に、自然倍音の二十数個しか音が出せませんでした。しかしある時、ベルに手を入れて、開けたり塞いだりすると音程が変化し(音質の変化があるにしろ)、半音階が演奏できることを発見したホルン吹きが現れました。今日ではロータリーヴァルブが発明され、全ての音を均質に演奏することができますが、右手は上記の名残で、今でも音質を変化させるためにも大切な役割を残しています。
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オーケストラではホルンは舞台の後ろの方に座っています。大体のオーケストラ曲の場合、四人のホルン奏者が必要とされますが、具体的に四人がどのような事をしているかと言うと「内声部の充実」というのが一番大きい役割でしょうか。シューマンが「魂」と呼んだ所以もここにあると思います。内声部から聞こえる思慮深いソロや、2本のホルンの愛らしいデュエット、四人が一斉に咆哮するユニゾンなど(あげれば切りがありませんが)、人間の内なる魂としての表現がこれほど当てはまる楽器もないのではないでしょうか。

このように、難しく危険な楽器ですがそれ以上に大いなる魅力を持ったホルン。是非コンサートで見つけたら注目してみて下さい。僕も毎週日曜夜にNHKで放送されるクラシック音楽館や、全国各地でのソロリサイタルなどで演奏しています。いつの日か皆様にお目にかかれますように!

福川伸陽